表現者の誠意とは1

少し昔の雑誌を読んでいたら、興味深い記事があったのであげておきたい。

森下忠・判例時報2080号22頁。

刑場(死刑執行場)の様子について。
同氏は、
大塚公子氏(wikipediaによれば死刑廃止論寄り)の
『死刑執行人の苦悩』(創出版・1988年)の記載について
非常に強い表現で、その内容が虚偽であると避難している。

森下氏は1980年以前に自らが見た刑場の様子について次のように記している。

「刑場は、隅から隅まで丹念に清掃され、厳粛な気配に満ちていた。
壁側の中央上部に特設された棚には、特別大切にされている箱がある。
そこには絞縄(処刑に用いる縄)が保管されている。
刑場では、処刑のたびごとに真白しい紙を絞縄に巻いているそうだ。」


これに対して、大塚氏の上記著書67頁では次のように記載されているという。

「ロープ(絞縄のこと)はふだん保安課に保管されている。
といっても、保安課の長机の下に放り込んであるだけ。
執行の朝、持ち出してほこりを払い、使用するというのが、現実。
一個の生命をあの世に送る道具のあつかい方にしては、あまりにぞんざいな気がする。」


森下氏は大塚氏の上記著書を読んで、自己の体験を手紙に綴ったが
大塚氏からは詰問状にも似た返事が届き、これに森下氏は回答しなかったという。


さて、上記のいずれの記載が正しいか、
あるいはそれぞれが根拠とした時期や場所が異なりいずれもが正しいのか、
断ずるのは難しい。

ただ、森下氏は、行刑の学者で、志願囚まで体験した方で、
回顧的な文章の中で触れられている記述であり、森下氏があえて嘘をついているようにも思えない。
また、『元刑務官が明かす死刑のすべて』(坂本敏夫著・2006年)で
描かれている死刑執行の重々しさから見ても、厳粛な取扱いがあることが推認されるように思う。