改正DV法案にあえて疑問を呈してみる

第1 DV防止法改正の要点
 今般DV防止法の改正法案が出されており、
これまで保護命令では法律上の配偶者や内縁の配偶者が対象であったところ、
 改正法案では「同居の交際相手」にまで拡張されることになるという。

 DV防止法の適用対象が広がることは被害者保護に資するわけだが、
 他方でむやみな拡張は様々な弊害を生みかねないと考えられる。

 拡張の利点は放っておいても宣伝されるであろうから
 ここではあえてその弊害に絞っていくつかあげてみることにする。

第2 退去命令の観点から
 そもそも保護命令には、退去命令、接近禁止命令、行為等禁止命令、子・親族への接近禁止命令がある。
 このうちの退去命令は、二ヶ月間相手を住居から追い出せるという強力で相手の不利益が大きい。
 退去命令を必要とすることや相手方の不利益の程度は要件でないとされているものの、
夫婦、内縁の場合には生活の本拠が同一であるところ、申立人が荷物を搬出するために相手方がいると困るので退去させることにしたものである。
 (退去命令の期間は2週間から二ヶ月間に改正されたが、必要がなくなれば取り下げるよう促されているようなので、運用側の認識・理解は上記の通りであろう)

 そうだとすると、同居の交際相手では生活の本拠が同一とはいえないこともありえるところであって、
退去命令が類型的に必要だとは言い難い。
しかし、退去命令では、別に必要性・不利益性が発令の要件となっていない以上、濫用的な退去命令申立てには打つ手がない。
(一般原則に立ち返り申立ての濫用が認められるときは却下する、という解釈論は従前みられないし、
まして濫用と認める基準などは全くないというのが現状かと思われる。)

 相手方名義でアパートなどを借りている場合、相手方は二ヶ月間、
別に自分の生活場所を用意しなければならず二重の出費を強いられる可能性が高い。
 また、結婚・内縁前の者であるため、より若年者が当事者になるということも
十分に想定されるものであって、大学生(未就労者)などであれば、
その経済的負担がより厳しくのしかかってくるともいえよう。

(※平成25年7月4日追記:法文を確認したところ「生活の本拠を共にしている」ことや
 「婚姻生活に類する共同生活」が要件となっているので上記の心配はやや不正解といえよう。
 ただ、住所=生活の本拠は、さまざまな事情からさまざまな分野で柔軟に解釈されており、
 DV防止法においても本拠性の弱い事例も生じうるという限度で、なお上記の問題は残ると思われる)


第3 接近禁止命令の観点から
 次に、接近禁止命令は、相手方住居以外の、
申立人の住居・勤務先その他通常所在する場所をはいかいしてはいけないという命令である。
 保護命令の根幹にあるこの命令でも、従前よりも相手方にとっての負担が大きくなるおそれがある。

 まず、夫婦の場合、各人の生活領域は重なっていても、通常職場等が別であることは多いと思われる。
 もちろん、自営業の夫婦なら同一だが、申立てをするような関係なら
就労を継続させようというのは客観的に、ない、と思われる。
また、公務員夫婦であれば、同一職場というのは考えられそうだが、
従前のDV申立てにあたってその点が大きな障害となっているということはあまりないようである。

 上記のとおりではあるが、仮に、当事者間で同一職場という問題が生じた場合、
立法者たちの発想からするとDV被害者に譲歩させることはおかしいとして、
相手方が職場にいくのも保護命令違反にあたり、相手方は出勤してはならないという解釈になりそうである。
結局、相手方は職場に出勤できなくなるが、相手方保護のためにやむを得ないということになる。

 接近禁止命令でも退去命令同様、必要性の程度や相手の不利益の程度を発令の要件とはしておらず、
その結果、相手方が職を失いかねない事態が考えられる。

(なお、そのような問題を回避する解釈として、自己の勤務先で働くことは
「はいかい」行為にあたらないとしたり、保護命令違反にあたるとしても
正当行為として違法性が阻却されるという解釈をとる余地もあるかもしれない。
しかし、このような解釈がとれるかどうかは議論すらされていないと思われ、
この解釈を前提とした行動をとることは現実にはリスクが極めて大きい。)

 以上を踏まえたうえで、同居の交際相手である学生同士における接近禁止命令を想定した場合は
どうであろうか。
 少なからぬ例として、交際関係は純粋な私的空間以外で生じるだろう。
 例えば大学生同士であれば、同じキャンパスに通い、同じ講義を受けていることもおかしくない。
また、アルバイト先が一緒だったり趣味の場面で出会ったということもあるだろう。

 そうした場合に接近禁止命令を受けると相手方は生活面で多大な影響を受けてしまう。
 加害者であるとしても、その程度はさまざまであり、また、若年者が社会生活の主要な点から
場合によってはことごとく排除されてしまうことになってしまい、
これをやむを得ないというのは行き過ぎであるように思われる。

 (仮に悪い加害者であったとしても、社会生活の大半から排除する形になると、
自己の不遇を申立人にすべて帰責させ過激な行動にでるようにおいこみかねないと思われ、
被害者保護の観点からも妥当性にいささか疑問が残る。)

第4 まとめ
 DV防止法は、見解の相違する対立当事者が紛争解決手続において問題を処理していくという観点よりも、
典型的被害者が、あらかじめ設定されており、かつその認定、選別は確実・迅速に行えるものということを前提として
立法がなされるきらいがあるように思われる。

 しかし、例えば今あげた2点のような問題について、
さしたる配慮もしないままに保護対象を広げているようであり
それはいかがなものだろうか、と心配になるところである。