小話1「破産と相続」

第1 債務者の死亡と破産
 権利義務帰属主体である自然人がいなくなった場合に、相続財産も破産することはできます(破産法222条以下) 。
 この場合には相続特有の法的状態の変化について配慮された各規定による規律を受けつつ通常の破産手続同様の過程を経ることになります。
 もっとも、死亡時期により規律が異なります。次の場合はそれぞれどうなるでしょうか?
 
問1 破産手続開始の申立て前に債務者が死亡した場合
問2 破産手続開始の申立て後で破産手続開始前に債務者が死亡した場合
問3 破産手続開始後に債務者が死亡した場合
問4 破産手続終了後、免責決定前に死亡した場合
 
 
答1 破産法222条~225条により一定の要件等を満たせば相続財産自体の破産を行うことができます。
 
答2 一定の者が一定期間内に申立てをした場合に、破産手続を続行することができます(破産法226条)

答3 破産手続開始の決定後はそのまま相続財産について破産手続を続行します(破産法227条)
 
答4 免責許可を宣言することで相続人などが債権者からの請求にさらされないという利点をもって免責手続を続行して免責の判断をだすべきだとする有力説はありますが、死亡した人の免責についての判断は難しいこと、そもそも破産手続は破産者の経済的更生のためであり死亡した人間には意味がないことなどから自然人が死亡したら免責判断は行わないとする見解が通説・判例だそうです。
 
 なお、自然人の場合、自由財産の拡張ということがあるが死亡によってどうなるのか、被相続人の債権者が弁済を受けられる財産の範囲が問題となります。
 この点、破産手続開始決定時の財産が破産財産として確定するので、その中で自由財産(結果として相続人の相続が許される)と破産財産(債権者への弁済の原資)とに分けて、被相続人の債権者は、それ以上には請求できないのが法の趣旨だとする解釈が有力のようです。
 

第2 債務者による相続
 いつ相続が始まり(被相続人の死去)、いつ相続に対する意思表示をするかで様々な効果が異なってきます。
では、次の場合はそれぞれどうなるでしょうか?

問1 破産手続開始前に相続があり、破産手続開始前に相続放棄をした場合
問2 破産手続開始前に相続があり、破産手続開始前に遺産分割協議をして持分を放棄した場合
問3 破産手続開始前に相続があり、破産手続開始後に相続放棄をした場合
問4 破産手続開始前に相続があり、破産手続開始後に単純承認した場合
問5 破産手続開始前に相続があり、破産手続開始後に他の相続人から家事調停(審判)を申し立てられた場合
問6 破産手続開始前に相続があり、破産手続開始後に遺産分割協議をして持分を放棄した場合
問7 破産手続開始後に相続した場合
 
 
答1 相続の放棄(民法939条)のような身分行為はいわゆる一身専属性を有するので、事後的な破産手続で、その意思表示を覆すことはできません。(相続放棄が詐害行為取消権(民法424条)の対象とならないことについて、最高裁判決昭和49年9月20日民集第28巻6号1202頁))
 
答2 遺産分割協議(民法907条1項)は、単なる身分行為とは評価されず、財産処分の一種と理解されますので、否認権(一定の行為の効果を争える)という破産手続上の権限によって覆す余地があると解されます。(共同相続人の間で成立した遺産分割協議は、詐害行為取消権行使の対象となることについて、最高裁判決平成11年6月11日(民集第53巻5号898頁))
 
答3・答4 破産法によるといずれも限定承認となります(破産法238条1項)。ただし、相続の放棄の場合、あったことを知ってから3か月以内に家裁に申述することで、その効力を認めることもできます(同条2項)。
 
答5  相続それ自体を行う場合は、そこではいわゆる身分行為と財産処分行為が混じったものがなされうると理解できます。したがって、一身専属的なものとして破産者が当事者となる考え方、あるいは、財産処分の点が最も重要だとして、現に管理を行っている破産管財人が当事者となる考え方の両説があり得るように思います。
 ただ、この点は最近出された登記実務の回答についても知っておくのがよいでしょう。
 平成22年8月24日付 法務省民二第2077号、によれば、破産者が当事者とならず破産管財人が当事者となって調停が成立し、又は審判がされた事案について、その相続を原因とする所有権の移転の登記の申請には、相続を証する情報として、戸籍謄本等の一般的な相続を証する情報のほか、当該調停又は審判に係る調停調書又は審判書の正本の提供があれば足りると解されます。
 したがって、破産管財人が当事者となってなされた調停、審判でも登記手続の段階ではねられたりはしないということになります(ただし、この内容だけからはこれを推奨しているのかは良く分かりません)。
 
答6 破産者が破産手続開始後に破産財団に属する財産に関してした法律行為は、破産手続の関係においては、その効力を主張することができないとされています(破産法47条1項)ので、答2で参照した判例の趣旨を敷衍すれば、仮に破産者が遺産分割協議を行っても、財産処分行為に係る効力を主張できないことになるかと思われます。
 穏当には、破産管財人は、破産財団の換価にあたって破産者の各財産に対する相続持分を売却する(他の相続人とかに)という形で行うように思われますが、現実にはどうでしょう(答5に関連しますが、破産管財人が遺産分割協議を行うという方法もとり得るかというところです)。
 この点は、前記の法務省の回答の続きとして、破産法78条2項による裁判所の許可を得て遺産の分割の協議に当事者として参加していた事案について、遺産分割協議に基づく相続を原因とする所有権移転登記の申請には、相続を証する情報として、戸籍謄本、遺産分割協議書(共同相続人(破産者である相続人を除く)のほか破産管財人の署名押印がされているもの)等の一般的な相続を証する情報のほか、裁判所の許可があったことを証する書類があれば足りるとされています。
 
答7 破産財団に相続持分等が入ることはなく、新得財産(破産者の財産)として、破産者が自由に意思表示・処分ができます。