漢籍セミナー「罪と罰ー伝統中国における法と裁判」

 昨日、京都大学が主催する「罪と罰」と題して行われた中国の裁判関係の研究に関するセミナーを聴講しました。先月の上旬ころ朝日新聞の記事で紹介されており、日本の古典法に大きな影響を与えたはずである中国法あるいは法制度について多少なりともさらに勉強できればよいと思い、申し込んでいたものでした。

講師は3人で、各々は秦漢代、魏晋~隋明、中国近世の政治史等を専攻されている方々でした。
最初にセンター長?か何かの人が概論を説明し、その後、
「神の裁きから人の裁きへー中国古代の裁判制度」
「礼教の刑罰ー流刑」
「お上を訴えるーー訴訟文書と『‘糸糸’絹全書』」
の各テーマで講演がされました。
なお、講師の話力に比べ、司会者の進行回しがあまり上手ではなかったのは残念でした。

印象に残ったことをいくつか記しておきます。

最初の概論だと次のとおり。
現代中国では、先進諸国だけでなく、
ベトナムやトルコ、アイスランドポーランドといった諸国の刑法典を翻訳しているという話。
「無限の情、有限の法」(犯罪事実は無限にありえるが、法律はその一部しか規定できない)
といった中で、軽罪としてあるべきことをしなかったら処罰できるという規定があったこと。

「神の裁きから人の裁きへー中国古代の裁判制度」では、
実際には神の裁きから人の裁きへ変わっていく過程についての言及はほとんどなく
(資料が少なく推測程度っぽい現状なのでしょうか)、
1970年代から1980年代にかけて発見された、秦代の律(刑法)や漢代の律に関する竹簡、木簡を研究し、裁判実務、制度等について話がありました。

『奏ゲツ書』という書題がついた22件の裁判記録からなる文章の話もありました。
そのうちの一つは次のような記録です。取り調べのやり取り自体も当時の捜査制度を示すものとして非常に面白いですが、ひとまず事実関係だけ示します。
 <案件5>
 ある兵士‘軍’が役人(憲兵?)‘池’に対して「昔、自分の奴隷の‘武’が逃亡して、今、近くでその姿を目撃しました」と告発した。
 逃走奴隷は逮捕されるべきであることから、この告発に基づき、池は‘視’とともに武を追って逮捕しようとしたところ、武が剣を使って抵抗し、視に打ち傷を負わせた。視はやられると思い、剣で武に刺し傷を負わせて捕まえた。
 武は、軍の元奴隷であって逃走したことは認めたが、逃走後、漢に降り戸籍を与えられて民になったため、もはや軍の奴隷ではなかったという事実があり、武としては奴隷扱いされて逮捕されることに腹を立て抵抗したことを述べた。(この後、武は、役人が逮捕しにきていたことは認識していた点を追及されています)
 裁く者は、武を入れ墨及び労役刑に処し、視は処罰しなかった。
 <案件5終わり>
 これは、現代的に考えても、処罰をどうするかはその構成を含めて面白いところかと思います。
 武は処罰されるべきか否かについて暇な方は考えてみてください。

 また、当時の裁判の経過についても説明がありました。
々霹受理

供述聴取(供述の最後は「その他は、●●(前、人名など)のとおり」と結ばれる)

5楊筺別圭眦澄μ簑蠹世鯆謬擇掘△海譴紡个垢詈朮髻抗弁あるいは罪状の自認などがされる)

た婆筺平半經愀犬亮茲蠶瓦戞滅齢や身分により刑罰適用や判断主体が変わり得るため〕)

ゥク(犯罪内容の総括)

ξ矛此丙瓩琉朎?未覆、現代日本法と違い、酌量減軽はさておき法定刑に幅はない〕)

 この進行に関連して、「治獄にあたっては、文書でその供述を追って、むち打つことなくして事実を突き止められるのが上策である。むち打つのは下策で、間違いがおこることもある」と記載された資料も発見されているそうで、当時の状況に鑑みれば、かなり合理的、実際的なものが制度として運用されていたようでびっくりしました。
 また、訊獄の心得えとして、「必ず先に供述をすべて聞いて書き写し、それぞれにさまざまな事を言わせ、偽りがあることが分かっても、みだりに詰問してはならない。供述し終わって弁解が十分でない点があれば、そこではじめて詰問せよ。詰問したら、さらにその弁解の供述をすべて書きとめ、そのうえで、他の弁解が十分でない点について再び詰問せよ。詰問しつくしても嘘を繰り返し、言を左右にして罪を認めず、律の規定でむち打ちに相当する場合は、そこではじめてむち打て。むち打ったならば、必ずそれを次のとおり書きとめよ。(略)」というのがあったとのことです。

 最初の方の取り調べ技術、尋問方法は現代にも通じるところで、紀元前の時代からさまざまに工夫され、合理的に運用されているように思われてびっくりしました。
 また、拷問については、科学捜査未発達の当時ではやむを得なかったのであろうと思う点はさておき、それでも調書に拷問の事実を書き留めさせるなどは、真実発見のための合理的な手段として考えられているようで興味深かったです。

 このほか、再審については、1年以内に要求するという期限が設けられ、再審要求が不正確であれば罪一等を加えるという威嚇を与えて、それを抑止しつつ、他方で、故意に誤った結論を下した者には死刑以外は同じ罪で処罰する、過失であれば罰金に処することにして取調官の違法を抑止しようという制度があったそうです。
 これも可能な範囲で合理性を追及したもののようで、冤罪に対する一定の配慮がうかがわれ、面白かったです。