【保全】看板撤去の仮処分申立て

 法律の中には、訴訟を行う前段階で権利保護に必要な状態を仮に作りだす民事保全法というものがあります。
 
 民事保全法には、金銭的な請求権を保護するため、財産を勝手に移転できなくしたり(仮差押)、
個別の不動産につき権利行使するため、当事者を固定したり(占有移転禁止・譲渡禁止:係争物に関する仮処分)、
特に必要がある場合には訴訟で実現される権利関係を暫定的に認めてしまう(仮の地位を定める仮処分)
といったものがあります。
 
 上記の保全が認められるのは、①被保全権利があること、②保全の必要性があることのそれぞれについて一定の立証(疎明)がされることです。
 
第2 グッズ販売を巡る、神社と土産物店との紛争
 1 事案の概要
 近頃、神社のグッズ販売に関する紛争につき、この制度を利用していることがニュースになっていました(下記の記事参照)。
 記事の内容を簡単にまとめると次のとおりです。
①ある神社のすぐそばに土産物店があった。
②その土産物店が、神社のご神体である人物にちなんだキャラクターグッズなどを出した。
③神社が、ご神体を冒涜する、などとして販売中止を求めた。
④土産物店はこれを拒絶した。
⑤神社は、その境内に、参拝者に対して、上記土産物店のグッズは、神を冒瀆(ぼうとく)する、神社が祈祷(きとう)もしていない土産物を開運をうたって販売している、などとして、グッズを境内に持ち込まないよう求める立看板を設置した。
⑥土産物店は、売上が3割減ったことなどから、立看板を撤去するよう求める仮処分(仮の地位を定める仮処分)を申し立てた。
 
 この紛争では、神だと何だと話をしていますが、実際のところ、その背景にはロイヤリティーの支払などの経済的なものがあるのだろうと推測されますが、経済的な点は捨象し、法律的な観点に絞って考えたいと思います。
また、保全は決定手続であって、基本的には非公開ですので、マスメディアに流れるものの典型例は政治的な事案で、当事者が申し立てたことをわざわざ連絡した場合でしょうが、この件も何らかの思惑で当事者の一方がマスメディアに流したのだと思われます。そこらへんの思惑を考えるのも面白そうですが、やはり、法律的な話から遠ざかって、かつ邪推レベルを越えなさそうなので、これも捨象します。
 
 2 保全の必要性
 まず、(土産物店に看板を撤去させられる権利があることを仮の前提として)保全の必要性を考えます。
 本来的には、土産物店としては、正式に裁判をやって勝ってから撤去をさせたり、営業上の損害についての賠償金を払わせたりということになります。それを保全という段階で先に実現してしまいたいというのですから、ここでいう保全の必要性というのは、例えば、今保全して貰わないと店が潰れてしまって裁判をする余地もなくなるなどの緊急性がある場合ということになります。
 (また、看板が建ち続けることで完全に風評がついてしまう場合というのも保全の必要性を満たしそうですが、この紛争の概要を考えると事後的な措置でそこら辺は解消できないとはいえなさそうなので、今回はダメだろうと思います。)
 
 この事例をみると、⑥で売上が3割減ったとありますので、かなりの打撃を受けたようですが、それで果たして赤字になっているのか、また、この店は西陣織のネクタイ製造販売を手掛けてもいますのでそちらの方で収益があるのであれば、事業を続けられますので、正式な裁判で丁寧にやってくれという話になると思います。逆に、潰れるという話であれば、仮処分が出されそうです。ただ、記事の限りでは、打撃が事業継続に与えるダメージがはっきりしないので、何とも言えないということになりそうです。
 
 3 被保全権利
 次に、被保全権利を考えてみたいと思います。
 神社が境内(多分、自分の土地)に立て看板を建てることは、土産物店の営業権の侵害といえるのでしょうか。
(なお、神社に看板を立てたことで土産物店の売上が落ちたことについては因果関係があるかは問題となりますが、一応あるというのを前提に考えます。隣の施設にあやかって作った人形について隣の施設が持ってくるなといえば、売上が下がるのはおかしくないでしょうし。) 
 
 まず、立て看板に嘘が書いてあった場合を考えます。例えば、「グッズには有毒成分が含まれていて大変危険である」などという嘘があったとすると、世の中、嘘をついて人をおとしめて良いという法はありませんから、この場合には営業権の侵害といえると思います(刑法230条の2の例外はさておき)。ただ、今回の紛争では、そういった嘘が書いてあるという話は載っていませんので、そのような話にはいかないと思われます。
 
 今回の立看板で、具体的に売上が下がった原因は、神社が、土産物店のグッズについて、「神を冒涜する」とか「境内に持ち込まないように」と記載したことで、神社非公認のグッズなら買うのを辞めようと神社の参拝客が考えたからだと思われます。では、この「神を冒涜する」とか「境内に持ち込まないように」と神社が書くことは、嘘を書いた時のようにやってはいけない行為なのでしょうか。
 
 まず、「神を冒涜する」かどうか、ですが、これは事実とはいえないと思います。というか、神が冒涜されていると思っているかどうかは良く分かりません。では、よく分からないことを書いているからダメなのか、というと、そこが難しいところです。今回の場合は、論評とか意見だとみることができるとは思いますが、そもそも、神うんぬんは信仰に関わることであって、宗教的な問題は法律的に決められるものではなく、裁判にはなじまないものですので、その表現の当否というのは判断の対象外ということになるのではないかと思ったります。
 
 仮に、この表現を神社の中の人の意見・論評だとした場合だと、次の、「境内に持ち込まないように」という意見表明と同じ土俵で考えることになると思います。さて、意見・論評については、最高裁判例によれば、「右意見ないし論評の前提としている事実が重要な部分について真実であることの証明があったときには、人身攻撃に及ぶなど意見ないし論評としての域を逸脱したものでない限り、右行為は違法性を欠くものというべきである」(最高裁平成1年12月21日、最高裁平成9年9月9日民集第51巻8号3804頁 、最高裁平成16年7月15日)とされています。
 事実の点については、前記のとおり、神社が祈祷(きとう)もしていない土産物だというのは争いがなさそうです。他には事実といえそうなことはないようです。そうすると、立て看板の表現が、人身攻撃に及ぶなど、意見ないし論評として逸脱しているか、ということがハードルとしてありますが、記事に記載されたレベルであれば、行為に対する論難としてはありえる程度の表現だろうと思われますので、人身攻撃とは評価できないでしょう。とすると、今回の神社の意見・論評が土産物店の営業権侵害だとするのは、厳しいでしょう。
 
 また、持ち込み禁止という行為の要請を一般的に許容されるかどうかと考えますと、神社が自分の敷地について禁止事項を設けることは通常問題視されていません(女人禁制なんかは難しい問題だとは思いますが)。また、有料の商業施設(テーマパーク)において飲食物の持ち込み禁止が定められることはありますが、利用者の不満はさておき、周辺商業地域が営業権の侵害だとして裁判で勝訴したケースは無いように思います。
 もちろん、神社が多分税法上の優遇措置を受ける公益法人であったりすると、不当な行為はその公共性に反するという議論も出てくるかもしれませんが、それでも、今回の紛争レベルのようなものであれば、私的な領域における自主権として持ち込み禁止を要請することは許されるように感じられます(断定はしません)。
 
 4 結論その他
 ということで、この裁判は、どちらかというと土産物店が不利な状況かなあ、というのが感想です。
 なお、土産物店が神社に寄付をしていると話していますが、近所に客寄せパンダがあったら餌ぐらい与えるものですから、当然に公認・是認行為の対価ということはできないでしょう(もし、客観的な対価関係があり、当事者間でそれが意識されているなら、被保全権利の点で神社側が嘘をついている類型に入ることになりそうですが)。
 また、記事の最後で、土産店は「弁護士から販売は違法ではないと助言を受けている」と話している点ですが、特許庁が公知の意匠だとして退けていることなどからすると、販売は違法ではないということでよいのだと思います。ただ、今回の紛争との関係で行けば、土産物店がグッズを販売するのは自由、神社が境内に立て看板を建てるのも自由、という話にとどまるように思われます。
 
 以上の通り、考えましたが、記事から推測した内容等も多く、実際の内容を知りません(看板の正確な記載、グッズ販売の様子、紛争に至るまでの経緯などなど)からこの結論があっているかは分かりません。
 
京都新聞1・25)*他社も翌日に後追いで同様の記事を載せています。
晴明神社と土産物店、グッズめぐり対立
平安時代陰陽師(おんみょうじ)、安倍晴明を祭る晴明神社京都市上京区)と隣の土産物店が、店が販売する晴明関連のグッズをめぐって対立している。神社は「神を冒瀆(ぼうとく)する」とグッズを境内に持ち込まないよう求める立て看板を設置。店側は、営業権を侵害されたとして、妨害排除を求める仮処分を京都地裁に申し立てた。
土産物店は、西陣織のネクタイ製造販売も手掛ける「田島織物」。陰陽師ブームを受け、2002年に関連グッズを販売し始めた。グッズは、開運や厄よけなどの御利益をうたうブレスレットや、晴明ゆかりの「五芒星(ごぼうせい)」入りの呪符など700~800種類に上る。
 同神社によると、「五芒星」を使うことは当初認めていた。店は晴明を模した3頭身のキャラクターなどさまざまな商品を登場させ、近年のパワースポットブームなどを受け販売を拡大したという。
 山口琢也宮司(51)は「晴明公の偶像化や呼び捨てで信仰対象の神がおとしめられた。神社が祈祷(きとう)もしていない土産物を開運をうたって販売し、参拝者に誤解を与えた」として昨年8月、販売中止を文書で要請。協議でも折り合いがつかず、11月に看板2枚を境内に設置した。
 これに対し、田島織物の田島恒保社長(70)は「文書が届くまで定期的に寄付もしてきた。神社の要請は寝耳に水。要請を受け、晴明の文字が入った商品のネット販売や製造の発注は打ち切ったが、神社側は全関連グッズの販売中止を求めてきた」とし、神社の要請を拒否。昨年末には、神社側の看板設置で、昨年11月の売り上げが前年同月に比べ3割減ったとして、京都地裁に仮処分を申し立てた。
 田島社長は「晴明のイメージや五芒星を使った商品の意匠保全登録を申請した際に『晴明は歴史的人物で、五芒星は公知の意匠』として退けられた。弁護士から販売は違法ではないと助言を受けている」と話し、看板設置で売り上げの減少が続く場合は訴訟も辞さない、としている。